山旅人の詩


登攀の中で、高ぶる感情を抑え理性を保つ狂気の私がいた




チョモランマ峰

八千メートルの中で

垂壁の中で

ダウラギリ1峰登頂









 チョモランマ峰
なぜ、死をかけてまであの頂に向かうのだろう
海抜八千八百四十八メートル
地球上で一番高いとされる
『地』があるからなのだろうか
それとも
欲望の果てなのだろうか

悲しみを背負い
命を削り
求めるものがあるのだろうか

肉体と精神の限界の中で
僕らはなぜ頂へ向かうのだろうチョモランマ峰





 八千メートルの中で
極限の中で
研ぎ澄まされた大気の中で
私は生きている
 
私の脳が
身体のあちこちで反応して
拒絶や享受の繰り返しをじっと耐えている

三分の一ほどの空気と
ゼロパーセントの湿度と
マイナス二十五度の寒気
そして
風速二十メートルの中で

歓喜という至上の喜びを得るために
狂気の中に自らを陥れて
ひたすら頂を目指してゆく









 垂壁の中で
私は、ほんの僅かな失敗も許されない垂壁の中にいる
僅か一歩、足を上げるために
肉体の限界と精神の限界を使う垂壁の中にいる
墜落は死を意味する

私の視覚は死への道をいざなう
そして
深遠なる谷底が私を引きずり落とそうとする

肉体と精神、本能と理性のバランスは
今にも壊れようとしている
私の中にいる臆病な私と私自身との戦いである
不確実な現実の中で自らを信じ確実な一歩を刻むため
私の中で戦いが始まる
『生きよう』
生きようとする本能が芽生える

ああ至極
ああ至上の歓喜
死を私のものとし
生を私のものとすることの出来る私よ

私は私であることに目覚める
さあ登ろう
この先には頂がある
命をかけたこの戦いを終わらせるために
かけがいのないひとときを永遠のものとするために







 ダウラギリ1峰登頂
最終キャンプを出発し十五時間あまりに及ぶ登頂劇は終わってしまった
いろいろなことが脳裏に浮かぶ
特に思い出深いのは二年前の谷川岳での遭難であった
前回の遠征が不成功に終わってしまった大きな原因にもなっていた

仲間たちが二分する原因にもなってしまった
悔やまれても取り戻すことが出来ないもどかしさや苛立ちが私を巡っていた
登頂
振り返れば瞬く間に脳裏を過ぎてゆく・・・

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