山旅人の詩


ヒマラヤ登山を続けていると、だれもが詩人になると思う
心に思ったことが、言葉となって私に問いかけてくる






彷徨

ひとすじの光

タメール








 彷徨

『これでいいのか』
『このままでいいのか』
夢の中で彼は問いかけてきた

日本に帰り時折見る夢の中に出てくる彼の姿
私は遥かなるチベットの大地に佇み彼と出会う  
彼は私に問いかけてくる
『お前は何のために生きているのか』
『目に見えない城壁と約束された安心という社会の中でしか生きてゆけないのか』

私は答える
『私は精一杯生きている』
うれしいときは喜び、悲しいときは涙を流し、恐れを知り、苦しさに耐えて生きている』

しかし、それは偽り
―約束された日本という社会の中でしか生きてゆけない人間しかも、恐れも苦しさも避けて通り、つまらぬことで悩み喘いでいる脆弱な生き物―

そう、今の私は偽りの姿
真実の私は夢の中
夢の中を彷徨っている 




 ひとすじの光

山あいから見えたひとすじの光が瞬く間に、世界に降りそそぐ
窓から差し込む光がひどく眩しく思えた

三日三晩、お茶とパン以外はほとんど喉を通らず歩き続けたのに
辛いとは思わなかった
特に苦しいとも思わなかった
この程度のことは・・・
なのに、久しぶりに味わう心地よいベットで朝を迎えたとき
ひとすじの光が目にしみる
とても辛かった

半年振りでヒマラヤの地に戻り、ゆっくりと歩き通した八日目の朝
ここはペリチェである

様々な思いが廻り、日本に帰ることがつまらなく思えた
ここが楽しいというのではない
日本に帰ることが私を悩ませる
私を責める

ひとすじの光
心地よい朝を、私の身体が迎えているのに
ひどく眩しい
とてもせつない



 タメールにて
雑踏の中に自分を浸らせ
静かに佇む
様々な言葉が飛び交い、車の騒音が響く
赤や黄色そしてオレンジなどの鮮やかな色が
目の前を通り過ぎてゆく
鼻をつく強い香り
車の排気ガス
そして
埃と汗
私は少しずつ身体を浸してゆく
身体全体が、この地に入り込むまで
そのひと時を楽しむかのように
その中に
何かを求めるように
何かを確認するため
静かに佇む


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